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西岡兄妹『新装版 地獄』

一般に漫画は、漫画を構成するひとつひとつのコマのなかからさまざまな音が聞こえてくる。台詞であれば、キャラクターたちが呼吸によってその声帯をふるわせ発した言葉は吹き出しとして囲まれる。往々にして曲線で描かれる吹き出しの形には、吐き出した息が漫画世界の空気へと拡散されていくイメージが反映されているように感じる。または、音が鳴っている。漫画においては書き文字として描かれたオノマトペのことで、音喩と呼ばれている。自然音や、ざわめき、衝撃音はもちろん、現実には存在しようがない音(たとえば、落ち込んでいても「どよーん」なんて音は聴こえてこない)まで。また、直接に音を言葉として表記しない場合でも、漫符と呼ばれる記号が何かしらの動的なイメージを喚起させる。それがもし映像作品であったならば、きっと効果音等が当てられるはずだ。漫画というものは、実に賑やかなものだ。

「音を聞く耳ではなく光を聞く耳を持たなければ神の言葉を聴くことはできない」(『神』より)とあるが、本作は、実に静寂に包まれた作品集であると思う。まず、台詞がほぼない(あっても息を漏らしたような「あ」や「あん」といったものだったり、ごくわずか)。音喩も漫符も見受けられない。この作品では、言葉はすべてモノローグとしてコマの端のほうで四角く囲まれている。それは登場人物たちの心の中の呟きであるはずなのに、その一方で超越的な視点からの語り部の言葉のようにも思える(「神の言葉」?)。そして、何の感情も語ろうとしない瞳が、心の呟きと語りの齟齬に拍車をかける……。

物語はどの作品も不条理で明確なストーリーは見えにくく、不安が満ち満ちている。表題作『地獄』や『林檎売りの唄』における転落する感覚。『夜』や『鍵』で描かれる不穏な子供たち。この世界では、主人公も、主人公が見つめる人々も、登場人物はみな異邦人であり続ける。「夢の中を歩いている」ようだといえば楽しげではあるが、むしろここには「すわりの悪い気持ち」しかない。しかし、随所に描きこまれる複雑怪奇なタペストリーのような紋様も、神経症的なキャラクター造形も、不可思議な世界を醸すファクターであると同時にスタイリッシュな印象も与えてくれる。つまり俗っぽく言えば、オシャレ。そういえば岡崎京子の作品と比較する文章を以前読んだことがあるけれど、洒落た雰囲気も不穏な空気もチャイルディッシュな感覚も、通ずる部分は多いのかも(話は全然違うけれど)。

(方便凌)

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新装版地獄 西岡兄妹自選作品集 / 西岡兄妹
販売価格(税込): 1,260 円
A5判並製
発行日: 2012/11/20