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藤枝奈己絵『夢色お兄ちゃん』

11歳でドストエフスキー、15歳でエヴァンゲリオン。ハンパに高いIQがいつでもいつでも邪魔になって、革命ばかりを夢見るけれども何もできない人はいますか? 僕の友達には、生きることがとてもつらそうな人がいます。彼(彼女)は自分を呪い、同時に自分以外の全てを呪い、人生を呪い、運命を呪い、そんなメッセージをツイッターのサブアカや誰も見ていないウェブのログに放出しては消して、放出しては消して……。空虚な呟きのあとには、悲しくて、つらくて、死にたいという気持ちしか残らない。いつしかアカウントごと何処かへと消えていってしまう。だけど、知らぬ間に戻ってきてたりもする。いまではそんな人々のことを言い表す「メンヘラ」という便利な言葉もあって、彼(彼女)も自嘲を込めて嗤ったりすることもある。「この気持ちには既に名前がついている」― ありきたりな結論に回収されゆく自意識。何度も目にしてきた、語り尽くされてきた、あまりにどこにでもあって、誰にでもあるような、当たり前すぎる話。

彼(彼女)らは、きっと真面目すぎるのではないかと思う。まともである(賢くあるとか身ぎれいであるということも含む)ということと、自分自身の実情との齟齬を、気にしすぎている。「気持ちを切り替えて頑張りなさいよ」というような正論を投げかけても仕方がない(正論が何かの役に立つ機会なんて、ほとんどない)。そして振りまかれ続ける呪詛。こんな言ってしまえば見慣れた風景に遭遇するたび、藤枝奈己絵さんの漫画を読んだらいいのに、と僕は思ったりする。本作『夢色お兄ちゃん』は前作『変わってるから困ってる』よりだいぶユルい作品ではあるが、それくらいのスタンスが案外ちょうど良い塩梅だったりするのかもしれない。

《超人気俳優だったお兄ちゃんは人気絶頂期に謎の引退。そして3年経った今、とてつもない容姿に変貌を遂げてしまった》《そんなお兄ちゃんとゴロゴロ寝てばかりの妹・文子に、人気急下降中のアイドル・広田さんも加わったゆるゆるの幸せ探求物語》人も羨む有名人だったお兄ちゃんは自分自身の幸福のため、フツーの価値観を投げ捨ててしまった世捨て人で、グデグデと太っては(本人は“貫禄を出すためにあえて行っている”というのがポイント)、昼間から干物を作ったり凧を上げたりしている。そんな兄に対して、一般的な価値観ではあるものの、向上のために努力をする意欲はない妹の文子がツッコミを入れるという話で、藤枝奈己絵さんの漫画はいつだってそうだが、キチンとしている人が登場しない。キャラクターたちはいかにも非生産的な夢物語を繰り広げながら、全編を通してダラダラし続ける。そんな実にユルユルとした漫画なのだから、ユルユルとした態度で読んでもいい。

しかしあるとき、文子の同級生の小出さんという女子が登場する。彼女は人の目を気にするあまり不登校になり「こんな自分だったら死んだ方がマシ」と言っている、いわば普通のメンヘラだ。そんな小出さんのために、文子はお兄ちゃんを紹介する。「こんなスンゴイ見た目の人も生きているんだから大丈夫」であると。あまりに哀れなお兄ちゃんの姿に対して、小出さんは「かわいそうすぎる」と驚愕するが、お兄ちゃんは「僕はこれがいい!!」と応える……。文子の学校の教師が説くように、程度の差はあれど人は誰でも「やればできる子」であるが、「やる」ということが難しいからこそ生きることはままならない。それならば最初から「やらない」という道を選ぶことも考えられるものの、それは一方で、実は大変なことだったりする。だけど、どっちがマシか。本来だったらスーパースターにもなれるはずのお兄ちゃんが、それでも何もしないことを選んでしまった。作者はそんな生き様を、滑稽で不格好ながらも、頼もしいものとしてイキイキと描き出している。小出さんは、常識に囚われすぎることで思い悩む我々そのものだ。作者としても、こういう漫画を描くに至るまでは、様々な葛藤があったに違いない。そしてそれはいつまでも尽き果てるものではないだろうが……、肩肘を張らない生き方をそっと勧めてくれる一作。

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赤子よ日記

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夢色お兄ちゃん/藤枝奈己絵
販売価格(税込): 998 円
B6判並製
発行日: 2008/08/30