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みうらじゅん『ドチャック』

『ドチャック』は、”昔はどこかしこに存在したものすべて”の象徴というべきキャラクター、ドチャックをめぐる悲しみの物語だ。経済成長の果てに完全な近代化を果たした日本は、かつて人々が慣れ親しんだ土着的文化を自らの手で一掃してしまった。しかし、ドチャックは今もまだ生きている。時代をときめいたものが時代とともに死ぬことが叶わないことは不幸だ。とはいっても、時代とともにカットアウトすることが許されている(というか、宿命付けられている)のは今上天皇だけなので(笑)、これは程度に差こそあれ誰もが経験する類いの哀愁でもある。

ときに、人々は、しなくてもいい心配をするようになったと思いませんか? 社会が高度化するということは、あらゆるものごとを突き詰めて考えるようになるということであり、そしてそれはあらゆることに気を配る必要が生じるということでもある。たとえばゴミを分別しないままに燃やすとダイオキシンが発生すると云う。だから我々は自治体ごとの区分にしたがって燃えるゴミ、燃えないゴミ、またはその他などなどの分別を日々勤しんでいるわけであるけれど、そんなことに気にし出したのはつい最近のことではなかったか。僕(そろそろ23歳)が子供の頃は、真っ黒なポリビニールで全て一緒くたにしてバリバリ捨てまくっていたはずである。家電リサイクル法なんてものもなかったし、申し込みをして粗大ゴミ処理券を購入して……といった手順を踏む必要もない。いや、こういう決まりが設けられることは全く正しい。普通に考えれば、そうなる。仕方がない。

ただ、いろいろなことが面倒になったものだな、と。エコのためであれば納得できないこともないかもしれない。では、健康のためだったらどうだろう。喫煙による肺ガン発症のリスクは、非喫煙者に比べると10倍以上も高くなることが報告されているらしい。ふむ。大気汚染の場合は。放射線の場合は。または生活習慣や遺伝的要因の場合は……。因果関係の不透明なリスクというものがこの世界には溢れかえっていて、そのひとつひとつに現代人は戦々恐々としながら毎日を暮らしている。こんなことをいったい誰が言い出すのだろう? 物事を突き詰めて理知的に生きるということは、なかなか大変なことなのだ。

あるいは、教育も、仕事も、創作活動もすべて、根底には心配がある。クレームが入らないように。インターネットで炎上しないように。下手をやらかせば、どこからモンスターキチガイクレーマーが飛び出してくるかわからない。ひょっとしたら、時には自分自身がモンスターになっていることすらあるのかも。すべての場所が銃弾の飛び交う最前線である。後ろ指を差されることを市井の人々(政治家や芸能人ならまだしも、という意味で)がこれほどまでに恐れる時代などこれまでになかったのではないか? 心配はそればかりではない。流行に乗り遅れてやしないか、空気を読めていなかったりはしないか、LINEのメッセージを既読無視したりしていないか……などなど、日常における人間関係についても、ひと昔前ではありえもしなかったような心配事が2014年を生きる我々の前には積み重なっている!

昭和の価値観・タイム感のままのドチャックは、医者にメタボ(今さらながらメタボって一体何なんだ)を指摘され菜食に挑戦するハメになるなど、何かと面倒な平成の世を何ともいえない表情で見つめている。最初のうちは現代人を苛む敵を懲らしめようと活躍を見せていたドチャックも、何故かだんだんとトーンが盛り下がっていく。完全に宗旨替えするでもなく、淘汰されていくでもなく、ダラダラと生きていかざるをえない悲しみだけはいつの時代も変わらないようにも思う。いまは失われてしまったおおらかな時代を懐かしむばかりだ。

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ドチャック / みうらじゅん
販売価格(税込): 945 円
A5判並製
発行日: 2011/03/25

装幀: みうらじゅん
帯文:根本敬