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筒井ヒロミ『トロミちゃん』

近頃、俄に話題を集めているふりかけタイプの片栗粉のことではありません。本作は、2011年にデビュー以来、『アックス』にて連載を続けた作者の初めての単行本。ふと気がついてみると、自分がトロ箱(=海産物を入れるための箱。どうでもいいことだけれど、トロ箱という言葉を僕は今日まで知らなかった……!)だったというトロミちゃん。他の自由な生き物と違って、物を入れることしか能のない”ただの箱”であるという事実に絶望を覚えた彼女は、納得のできるアイデンティティを求めて、自らの運命に抗い生きていくことを決めた。そんな彼女のもとに、割れた鏡と家出犬がいつしか寄り集まって、ああでもないこうでもないと回り道をしながら、人生の意味を考える……。32歳で会社を辞めて投稿を始めたという作者ならではの、哲学が込められた一編。このなんとも親しみやすいタッチのイラスト・作風は、『アックス』では逆に珍しいような気もする(『トロミちゃん』は、当初は小学館の『IKKI』のほうに持ち込まれたらしい)。それもあり、これまでとは違ったファン層にもアピールしたいような、そんな作品でもあります。

トロ箱であることを嫌い、スズメや人間を羨んで、そして修行を積むことで自分を変えようとするトロミちゃんは、そもそもどうしてトロ箱なのかということは説明されない。というのも、それはどうしようもない事実――あなたが男性または女性であったり、もしくは金持ちだったり貧乏だったり、あるいは美人だったり不細工だったりすることと同じように、揺り動かしようのない当然の事実なのだから、理由などはないのだと思う。何、そんなものは努力すれば乗り越えることができる? そんなミス東大の人みたいなことを言うなよ。それがどんなに切実な願いであろうと、牧場で働くコーギー犬になれる望みのない家出犬の姿に、気休めの言葉をかけることは容易いが、しかし現実はあまりにもやるせない。誰しもが自らの資質というものには抗うことは出来ない。トロ箱は、トロ箱として生きるのが一番向いている。だがしかし……。何をしてもハンパな自分が不幸なのは誰かのせいではない。あらゆることが彼女たちを悩ませる。それでも、どうすればもっと楽しい人生を我々は送ることができるのか? 説明しきれなかった部分、描き切れていない部分も、多分にあるとは思う。それでも本作は、フラフラになりながらも同じように思い悩むあなたに対して、きっと何かを伝えてくれるハズだ。

ところで。『アックス』95号上で組まれた、本作の著者・筒井ヒロミと、14年1月に『ヘンコちゃんになりたくて』をリリースする磋藤にゅすけとの特集対談記事はご覧になられただろうか。題して「生き残れ新人! 貧乏アックスの明日を背負え!!」同時期にデビュー、そして新刊刊行が重なった両者の背中には、青林工藝舎のこれからの未来と期待がかかっているのだという……いや、このキャッチを見たときは、のっぴきならないものがあるのだなあと思わざるをえなかった。もちろん部外者である僕には、その内実を知るべくもないが。青林工藝舎という会社自体はクーデター的に発生した(これも僕にとってはリアルタイムではないので歴史でしか知らない)ものだけど、『ガロ』から脈々と続く日本のオルタナティヴコミックを背負ってきた歴史と看板があるわけで、蓄積があるし、精神的土壌は変わっていないはず。それがこう、困窮にあえいでいるというのはあってはならんことだし、その火を絶やすことはマズイ。島田虎之介さんが以前ツイートしていたように、なんとかならないものかな、と思う。こんなにクヨクヨした作品を発表した作者的にとっても、こうした大義名分はなかなか荷が重いのではないか?! 本当に、ままならないことばかりの世界だ……。

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トロミちゃん / 筒井ヒロミ
販売価格(税込): 1,050 円
B6判並製 208ページ
発行日: 2013/11/25