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関根美有『いままでのまりちゃん』

伸縮性がある。冷蔵庫から頂き物の漬け物を取り出して、湯を沸かし、包丁で音を立てて刻む。白米にのせて、湯漬けにしていただく。たとえば、そういった一連の動作、日々の生活のほんのひとコマが、ぐいと引き延ばされ描かれるところで光る魅力。決して性急になることのないまなざし。その一方では、追憶のなかで縦横無尽に現れては消え、やがてひとつのムードを形作っていく過去と未来の記憶たち。それらの事象はバラバラでどれも唐突で、しかし必然的な関連があって、そして並列に繋がっている。はて、それは一体どういうことなのか? どうもこの漫画にはマジカルなことが起こっているような気がするのだが、あまりにサラリとした顔をしているものだからむしろこちらが狼狽してしまう。

『いままでのまりちゃん』は今世紀もっとも過小評価されているであろう作家・関根美有が2010年から2012年にかけて発表してきた「まりちゃん」シリーズをまとめたものに加えて、おまけマンガと解説を併せて収録したデラックス版と呼ぶべき一冊だ。「習慣は希望」であり、また「希望は習慣」であるという。関根さんの作品には、芸術に対する矜持であったり、友人に対する信頼であったりがその通底に流れているわけだけれど、本作においては、個人が生きて暮らすことに対するスタンスがその土台にある。料理をする合間や、占いの結果を聞かされたとき、または作り過ぎたビーフシチューを持って恋人が部屋を訪れるそんなときにも、まりちゃんは考えている。より良い何かのために。そのメッセージは「切実な願い」であり、すなわち祈りでもあるという。

実際のところ、なかなか説明が難しい作品たちでもある。歌を口ずさむうちに思い出した数々の出来事を通り過ぎてくショート・トリップ。忘れえぬ記憶は連綿となって「今」を形成している。人生のままならなさ、であるがこそ、より良い状態を希求するため、考えるということ。のっぴきならない瞬間の、小さな勝利。う~ん、こんな風に書いても仕方がない。オフィスレディ・まりちゃんは今日も出勤し、帰宅しては毎日の炊事洗濯をこなしている。そしてそんな生活のなかでも事件(というほどのことではない、出来事)は起こっていて、たとえばそんなとき、まりちゃんは真摯な態度を崩さない。

大事なことをこんなに何個も、真っ正面に取り上げて、なのに全然陳腐にならないのがすばらしい。それは絶対にユーモアが作品から失われないことによるものだろうし、キチンと息が吹き込まれているということでもある。そして、それはやはり”上手い”ということなのだなと思う。本作に関しては言葉も冴えている。「お昼が来ると信じてお弁当をこさえて、朝が来ると信じてお米をギュッととぐ。習慣は希望なのね」「似合わなかったら美容師さんのせいにしなさいね。100%、自分が悪くないときだってあるのよ」「いつも一人でいるけれど、人間が嫌いなら本なんて読むはずないんだ」などなど。「ものの5分の出来事だったけれど、驚くほど豊かな気持ちになった」関根さんの漫画を読むという行為も、えてしてそういうものである。

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「いままでのまりちゃん」 / 関根美有
販売価格(税込): 600 円
A5判 108ページ
発行日: 2013/02/03