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島田虎之介『ラスト・ワルツ』

あらゆる人にとってもそうだと思うのだけれど、最初に読んだときはビックリしたものだった。既に刊行から何年も経った頃でその評価も固まっていたはずなのだけれど、漫画を読み始めて日の浅い自分がどういった経緯でこの本に出会ったのかはあまり覚えていない。冒頭の『エンリケ小林のエルドラド』と題された短篇は、遠い昔の遠い国で作られた「エルドラド」というオートバイの歴史とその数奇な運命について描かれた作品だ。「遠い昔の遠い国のオートバイ」という題材がどこかレトロなものに対するこだわりを感じさせるし、その歴史を語るにあたって取られた「英文の専門書にあたる」という作業自体がどこかアナクロニックなものがある。その後も、冷戦時代のソ連の宇宙飛行士や、チェルノブイリ帰りのウクライナ人消防士、アメリカの歴史に影を落とす伝説のヴァイキング、ブラジルに移民した日本人家族の一生、朝鮮戦争の捕虜となった米兵などといった、あらゆる時代・あらゆる場所の物語がひとつひとつ語られる。作者が登場し読者へと語りかけながら、あらゆる実在の固有名詞を持ち出しながら話題は二転三転しつつ、史実なども交えた語り口に若干のハードルの高さを覚えながらも、淀みなく饒舌で、博覧強記的――何かが順調にアソートされていくような、独特の心地よさがあった。ここまで本書の半分ほど読んで、それぞれの時代のうねりに巻き込まれる人々を描くというような、そういったオムニバス形式の短編集なのかと思った。

しかし後半からこれまでの伝記的な語り口が変化し、一見関係のないように思われるそれぞれの物語がだんだんと交錯しはじめる。短篇を集めた作品かと思いきや、長編作品だったのである。しかも、それはひとつひとつの人知れない、しかし小さくはない物語を集積しているがゆえに高く詰み上がった、実に壮大なものだった。それぞれの人々はそれぞれの歴史を背負い、想いを抱えて同じ場所を目指して歩き出した。噴火秒読みと言われる富士山のもとに、多くの人が惹き付けられるようにして集まっていく。クライマックスに向けて言葉数が少なくなるにつれ緊張感は漸増し、頂点を迎え、爆発する。ラヴェルのボレロにおける最後の二小節のようなカタルシスが押し寄せる! 物語の解釈や読み進め方に関しては巻末に収められた解説を参照していただければと思うので詳しくは書かないが、思いも寄らぬ方向へと舵を切ったこの作品は、その見事な構成力と演出力によって、より大きな物語を創出して見せたのである。

あらためて感じたのは、ストーリーテリングの引力のようなものだ。ひとつひとつの小さな個人史は、大きな歴史のなかで抗うことのできない力によってグイと引き付けられるわけだが、語り部の手で丁寧に練り上げられたストーリーテリングによって物語が再生産されるとき、我々読者もまた抗うことのできない大きな何かに引き付けられる感覚を覚える。また、ひとつひとつの物語の糸を手繰り寄せることで、よりさらに大きな物語を再生産するその手腕は他に類を見るものではなく(本一冊のコンパクトなサイズで、これほど多構造の物語を作り上げる作家はいないだろう)、本作がデビュー作であるというからただただ驚嘆する。強烈な作家性だ。マンガの絵に関しても、一見するとナンともとぼけたようなタッチは、まんがの本来の描線が感じられる。手練のワザを凝らして構築しているようで(それはたしかにその通りでもあるのだが)どこまでも真っ向勝負なマンガであるし、それはこれまでに刊行された氏の作品のどれにも通底した姿勢であると言える。

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ラスト・ワルツ / 島田虎之助
販売価格(税込): 1,365 円
A5判並製 236ページ
発行日: 2002/11/25