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J.マツオ『BIG HIP』

※物語のネタバレを含みます。

長いキャリアを持ちながら、商業リリースはこれまでおそらくなかったと思われる、知るひとぞ知る異能の漫画家、J.マツオ。本作は、2002年に描かれたものの、10年以上のときを経てようやく発表されたという自費出版作品。大空に浮かぶ謎の巨大な半球「ビッグヒップ」から放出される「甘露珠」の不思議な力に魅了され、我を忘れていく人々。その正体はいったい何か? そして、人間にとって真に大切なものとは? 200頁を越えるSF超大作。

甘露珠が発する芳香は、人間の気持ちを和らげ、病気を治癒し、運気までも向上させる効能を持つ。しかし、限られた人間のみがその恩恵にあずかることが許されている。「ビッグヒップ」から放出された甘露珠を回収する仕事に就いているものの、その奇跡の力に疑問を感じている主人公のディトと、甘露珠を欲するヒステリックな妻、コロン。ふたりの関係は不協和音を発していた。やがて、ディトはその職務の最中、テーリー族と呼ばれる少数民族と出会う。彼らは甘露珠の出来損ないであり、何の効果をもたらさない「芥殊」を拾い集めていた。興味を引かれたディトは、テーリー族に接近し、そこである一人の女性、ロフィと運命的な出会いを果たすのだが……。

まず、顔に細かく皺が描き込まれているのを筆頭に、必要以上に質感的でリアルなタッチに圧倒される。現実に接近しすぎているがゆえにグロテスクで超現実的でもあり、読者が感じる印象に大きな異化作用をもたらすものだ。この作品が持つ異様な存在感に、大きく寄与していることだろう。宗教的意匠とSFを融合した物語には、諸星大二郎の影も見え隠れしている。

利便性を追求する社会への警鐘と、オートマティックな社会の枠組みから外れるものに対する慈愛の眼差し。欲望を剥き出し崩壊してゆくコロンに対し、テーリー族の女性・ロフィが象徴するのは愛と芸術だ。人間のエゴが爆発しパニックが巻き起こるなかで、効率性のフレームから零れ落ちてしまったあらゆるものだけが世界を調停し、収束していく力を持つ。そして大団円を迎えたラストシーン。「彼女は、自分はどこにでもいる、と言った」。天へと消えてゆくロフィの姿は、愛と芸術の至上の形だと言えるだろう。



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J.マツオ

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「BIG HIP」 / J. マツオ
販売価格(税込): 1,575 円
A5判 224ページ
発行日: 2013/03/01