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近藤ようこ『戦争と一人の女』

坂口安吾の原作をもとに、『見晴らしガ丘にて』『逢魔が橋』などで知られる近藤ようこが6年もの歳月をかけて漫画化。国文学的素養を土台とした作品を数多く生み出してきた作者ならではのタッグだろう。「戦争にはいろいろな面があると思った」(あとがきより)ことをきっかけに、安吾に注目したという。『堕落論』『白痴』と同年に発表された原作は、当時GHQの検閲により規制され内容が改変されたこともあり、近年まで注目されることがなかった。本作で安吾が描いたのは、決して教科書には載ることのない、戦時下の人々が抱いた心象風景の、別の一面だったのだ。

かつて女郎だった女と、物書きの男。「どうせ戦争で滅茶々々になるだろうから今から滅茶々々になって、戦争の滅茶々々に連絡しようか」日本が戦争に負けると信じていたふたりは、半ば捨て鉢となって共に生活をするようになった。倹約することなく豪奢な生活をしながら、退廃的に身体を重ね合う日々。戦争の向こうに、未来など存在しない、どうせ死ぬしかないのだから。エロスとタナトス。女は死の恐怖に震える一方で、却火がすべてを焼き尽くすそのときをただただ待っていた。一方で、向上的な生活をどこかで求めている男は、退屈に耐えることのできない女の性根を見下しているところがある。すれ違いを覚えながら、訣別することもできないふたり。やがて、街に焼夷弾が落とされる時が訪れるが、焼かれることなく助かってしまう。そして、戦争が終わる。生活力のないふたりにとっては、その先の“あるはずのなかった未来”こそが、本当の意味で彼らの前に広がる焼け野原だと言えるだろう。

戦争が終わったあとの未来をイメージすることができないことは、それだけ戦争というものが精神的・肉体的に人々の生活を大きく塗りつぶすものだったということでもある。いざ終戦を迎えすべてが過ぎ去ったとき、この刹那的な生活はきっと何も残さないであろうという、予感。ある種のセンセーショナリズムへの渇望と失望。そして、反省。長閑な季節を経て、世紀末も9.11も3.11も通り抜けた現代人はいま、この頃の文学をどのように受け止めるだろう?

「これは戦争によって生かされている男女の話だ。しかし戦争が終わっても彼らは生きていく。人間はつまりどんな時代でも生きていくのだ。もちろんそれは今も同じなのだ。『戦争と一人の女』に入り込んだ私は、戦争を離れて今そういうことを考えるようになった」

(あとがきより)

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「戦争と一人の女」原作・坂口安吾/漫画・近藤ようこ
販売価格(税込): 1,050 円
A5版上製 144ページ
発行日: 2012/11/30