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溝口『98』

何度も何度も発売が延期になったポケモンの新作は、98年の時点ではまだ発売されていなかった。毎月の『コロコロコミック』の、「期待のゲームランキング」で常に一位を飾りながらも代わり映えのしないコメント欄に辟易しつつ、それでも新しい情報がわずかでもどこかに転がっていやしないかと、目を皿のようにしてページを捲っていた日々。大人と子どもでは時間の流れ方が違うとはいえ、発売を待つまでの時間はそれこそ永遠のように感じられたし、子どもには子どもなりの停滞感があの頃あったように、いまにしてみれば思う。

1998年の横浜が舞台の本作には、あの時代たしかに存在していたあるムードに対する、当時の小学生たちの率直なまなざしが描かれている。オリンピックの招致。横浜高校の松坂の、甲子園決勝でのノーヒットノーラン。権藤監督率いる横浜ベイスターズのまたとない躍進(「ハマの大魔神」が流行語大賞にもなったね)といったトピックに湧く一方で、北朝鮮によるテポドン1号発射実験、ノストラダムスの大予言、2000年問題といった、世紀末的終末思想がもてはやされた時期。それは社会学者・宮台真司が表現するところの「終わりなき日常」に対する忌避反応のひとつだったはず。あの頃の、どこか停滞感のある日常のなかから「キレる17歳」のような少年犯罪の問題も持ち上がり、連日のワイドショーを賑わせていた。つまるところ皆、退屈していたのだ。本作の主人公は小学五年生であり、そうした諸々の事象をきちんと理解しているわけでもないが、漂う空気感としての時代の意識を享受する存在だ。ヒロインの家庭は、兄が起こした校内暴力の問題で、引越しを余儀なくされる。一抹の寂しさを感じるうちに98年は過ぎていく。オリンピックは結局行われず、世界の終わりもやってこないままになんとなく90年代は終わり、そして彼らの少年時代も終わった。

かねてから、この時代のことを描いた漫画がそろそろ登場しないものかと思っていた。それはつまり、平成生まれの子どもたちを描いた漫画のことだ。『ハイスコアガール』には期待していたのだけど、個人的にはちょっと違う。そういう意味では、ついに順番が回ってきたのだと感じる一作だった。短い作品だが、重要なトピックをひとつひとつ浚いながら、あの時代にあった冷たい空気を克明にとらえている。

しかし、ここに描かれているのは、当然のことながら、ある世代による、ある世代観なのだろう。本作の結びをどう捉えるかは人によって異なるのではないか? 僕は、テン年代に入ってようやく世紀末は終わり、3.11でそれは決定的になった……と捉えているけれど、この前の選挙結果を振り返ると国民のほとんどはそういう見方をしているわけでもないのかな、とも思う。何にせよ、90年代の後半からゼロ年代までを対象化する作品が登場するのは月日の流れから必然でもあるし、そろそろ進めていかないと何も始まらないだろう。今年でコーネリアスがデビュー20周年で、椎名林檎が15周年。それに対して「マジか」と思わないでもないけれど。



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Death Valley ’69

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「98」 / 溝口
販売価格(税込): 350 円
A5判 36ページ
発行日: 2013/08/18