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古泉智浩『ジンバルロック』

 冒頭の空撮カット、見渡す程に校舎を取り囲み一面に広がる田畑。この何にもない風景が、ここに生きる人間たちのすべてだ。ここでは、あらかじめ人生のサイズが決まっている。本作の主人公は、弱小剣道部に所属する田舎の冴えない高校生。運動も勉強も苦手で、何かに情熱を燃やすでもなく、当然恋人もいない。興味のあることといえば、エロのみ。この町で生活するすべての人間は、そんな彼らと同じように生きている。娯楽といえば、パチンコとゲーセンしかない。「オレたちにいいことなんかほんのちょっとだ」充満する退屈な空気はもはや自明の前提であり、そのムードを享受しながら彼らは生きる。社会に出れば暗い現実が待っている。卒業までの残り少ない命の短い花だからこそ、今だけは能天気になるべきだ、と。今作に描かれた若者たちの姿は刹那的で、ここにはたとえば都会へ出ることでこの田舎からエスケープするといったような、ハングリーな気概すらない。

 つまり、未来がない。それなりに才気のあるように見える先輩も地元の工場へと就職していき、なんともいえなさが残る。しかし、何故かこの漫画には不思議な清々しさがある。それは諦めゆえの達観ともいうべきか。いや、決して暗澹とした物語ではないのだ。何もないなりに楽しみを見つけたり悩みを抱えたりすることで、彼らは青春を謳歌している。90年代の終わりから00年代の初頭にかけて描かれた本作を読むと、やはり同時代の青春群像劇として北野武の『キッズ・リターン』の存在が思い起こされるが、雪の舞う畦道を追い風に乗って自転車で滑るように走り去っていく本編のラストシーンには、時間が永遠に引き延ばされていくような軽さと美しさがあり、『キッズ・リターン』にあったような行き場のなさ(マサルとシンジの、ぎこちなく進む二人乗りの自転車と比べれば、本作の結びはなんとスムースなのだろう)長く続いた90年代の暗い停滞をものともしないような柔らかさがあるように思う。

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ジンバルロック / 古泉智浩
販売価格(税込): 1,050 円
A5 判並製 192ページ
発行日: 2000/05/30