アイデン

みうらじゅん『アイデン&ティティ32』

アメリカ合衆国の反体制活動家、ジェリー・ルービンがかつて掲げた理念を引きながら「1960年代には“30代以上の連中を信じるな”と言われたけど、今なら“30代以下の人間を信じるな”と言いたい」とボブ・ディランは言ったという。有名なエピソードであるもののその典拠はどこにあるのか僕はよく知らないが、思想としてのロックの巧妙さというか、狡さというか、ニクさをここに垣間みるように思う。まず大事な認識として、ロックとはロックと呼ばれる何かがそこにあることを指すのではない。そこに存在する音楽、に内包される理念、を傍受する私、を取り巻く状況、の相対的な距離を俯瞰的に計り続ける茫洋とした営みがロックである。aの値が変化するとbの値が変わる。するとcの値が変わり、結果、dの値が変化する。はあ、何の話か。などと言い出すものがいるとすれば、それはそれで良い。これは、歳月を経ることで音楽の鳴り方が変わる瞬間が必ずあるという話である。

テレビのオーディション番組によってもたらされたバンドブームにより雨後の筍のように湧いた海千山千のバンド群のうちのひとつとして、本作の主人公である中島率いる「スピード・ウェイ」は商業音楽の世界に登場した。中島(風貌が作者のみらうじゅんより、ダイナソーJr.のJ・マスシスに似ている気がする)は音楽への純粋(PURE)な憧憬と愛情ゆえに、理想と現実のはざまで葛藤を強いられることとなる。よくある話である。空虚な活動へと見切りをつけた彼らは、活動の場を移しながら堅実に活動を続けてきたものの、めぼしいヒットもないまま30代を迎え、人生の岐路に立つ。本作の物語はそこから始まる。のっぴきならない状況に立って初めて物事の多面的の見方を覚え、それはくだらないと切り捨てていた考え方や人間たちに対しても再検討の機会を与えてくれる。無論迷う。その度にロックは「どんな気がする?」と問いかけくるので、その時点での答えを見つけ、何かを得、次の問題が生まれる。永遠にフィードバックは続く。業。業火に身を焼かれ悶える中島に対し、恋人は優しい目で「いいなぁー君は…だって君には生きてるっていうリアリティがあるわとても」と語りかける。そのとき、ロックとは何かという問いに、彼は一つ目の結論をつけることとなる。そしてもちろん、その後のことについても知りたければ、作者のその後の足跡を辿ればいい。

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アイデン&ティティ32 / みうらじゅん
販売価格(税込): 1,470 円
四六判上製 146ページ
発行日: 2004/06/25

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