morimite

中野シズカ『モリミテ』

まずはこの質量。中野シズカさんの、描画の殆どを切り絵のようにスクリーントーンの重ね貼りで表現する独特の手法は、インタビューでは「一番多くトーンを貼っているページの原稿がしなる」と笑いまじりに語ってもいたが、非常に時間と労力のかかるであろうスタイルなのは言うまでもない。3年に及んだ連載は息のつく間もなかったハズで、集中力を堅持し描画のクオリティもストーリーのテンションも落とすことなく200頁を超える物語を書き上げたことに脱帽である。本作は、作者初めての長編作品となった。

ホラーめいた装丁の表紙を開くと老婆の忠告が聴こえてくる。——花なんかに見蕩れて道から外れんよう。森の奥には行きなさんな——あらゆるファンタジーで「森」は生命力と同時に死の予感を湛えた蠱惑的な存在として描かれている。森は生きている。森の魔力は人を惑わせ、ありもしない幻を見せるのだ。それはちょっとしたイタズラであったならばいいが、しかし森はときに人間を飲み込む。つまり、森を通過する以前と以後では全てが変わってしまうこともあるということだ。それはアナタの人生にとって良い意味でも、悪い意味でも。

花屋の配達の仕事からの帰り道、本編の主人公ふたりはひょんなきっかけから、森の深みへと迷い込む。木の上で身動きが取れなくなっていたところを助けた少女に案内され、彼女たちが共同生活を送る不思議な寄宿舎へと招かれる。昼間は明るい陽の光が差し込み、ハーブティの匂いが漂う居心地の良い場所に彼らはつい長居をしてしまうのだが、夜になると森は姿を変え、秘密を宿し、不穏な予感を放ち始める。ふたりは苦い過去の記憶を振り返り、さらに深い、森の奥へと迫る。幾重にも伏線は貼られ、イメージは複層的に喚起され、緊張感とともに展開されるミステリアス・ドラマ。綴られる言葉数は少なくもリリカルで美しい。なにより、枝を踏む音、フィトンチッドの匂い、洗濯物に絡まる風、肌に突き立つ棘……。五感全体に訴えかけるような立体感というべきか、作者の丁寧な描画と演出は、森の実体を豊かに立ち上げる。

物語は複雑なアップダウンコースを辿る。初の長編とは思えないほどの一筋縄ではいかないストーリー、そして最後には思わぬどんでん返しがある……! などといったら胡散臭い宣伝文句のようか。とはいえそれは本当のことであるからして、あまりアレコレと書くのは控えるべきだと思うが、ただひとつだけ触れるとすれば、作者は「現代のアンチエイジングへの執念を意識した」とも語っており、またタイトルの「モリ」にはラテン語の「mori(死)」の意味も込められているという。森は悠久の時間の流れそのものであり、繰り返される生と死を包み込む場所でもある。森はありもしない幻想を人間に見せるが、一方では人間もありもしない夢を森に対して抱いている。余計なことを考えないのは、無垢な少女たちだけ。彼女たちは真実を知らないまま、また次の夏も儚くも美しい時間を過ごすだろう。物語の終わりにどんな結末が待っていようと、その瞬間だけはいじらしく思えてくる。本作はそんなイノセントな日々への憧れを忘れ“損ねた”人たちのための物語である。

(方便凌)

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モリミテ / 中野シズカ
販売価格(税込): 1,512 円
A5判並製 224ページ
発行日: 2014/03/15