赤子よ日記書影

藤枝奈己絵『赤子よ日記』

本作は漫画家・藤枝奈己絵が妊娠の発覚から出産、子育ての経過をマイペースに綴り、自身のブログ上でヒッソリと発表し続けてきた作品を、あらためて描き直しまとめた一冊であり、いわゆる「育児エッセイコミック」と呼ばれるものである。「育児エッセイ」というジャンルは、いっけん人当たりが良いようで、読者的には参入障壁が実は高いというか、「読む人は読むし、読まない人は読まない」というのがハッキリ分かれるジャンルでもあると思う(たとえばマンガオタクの大学生の男の子が読んでいるところとかあまり想像できないでしょ)のだけれど、それは単純にもったいないですよね。僕も連載の途中から藤枝さんのブログをRSS登録しているので、毎回の更新を欠かさずチェックしています。まず『赤子よ日記』は一本あたりの分量が短くコンパクトなので、気軽に手に取れる読み物としてオススメできます。

そして、ファンとしては、あの『変わってるから困ってる』を描いた作者が、母親活動に勤しんでいるのを見て「人間ってスゴイ〜!!」と感動したりもしています(変に高慢な物言いで、すみません)。子供を授かるということは、男女間の抗いようのない衝動の結果の偶発的な副産物であって、ある意味では、すべての人間に身に降り掛かりうるテロリズムのようなものであると思います。それはすなわち、「人の親になる資質を持つ人間だけが、満を持して、親になる」のではなく、「普通の人間が、必要に迫られて、だんだんと親になっていく」世界です。人間は元来、演劇的な生物であり、それぞれのロール(役割)をプレイング(演技)することで社会を形成している。「親」という役割は、「子供」が不可避的に登場してはじめて与えられる役割ということです。

で、それは「クラスでいちばん頭がいい人が学級委員長をやる」みたいな、普段の世の中のルールとは絶対的に異なる力学の働く世界でもあります。あるとき突然ソコに身を投げ入れられるのは、とても心細いことだと思うのですよ。つまり誰もが思うことに、「本当に自分が立派な親になれるのか?」と。親になることだけに限らず、この手の不安は様々な場面で経験する機会があるはずです。「立派な社会人になれるのか?」「自分なんかがプロジェクトのリーダーを果たせるのか?」などなど。

ところどころに藤枝作品らしいあっけらかんとした物事の捉え方を見受けることができて、そこのユーモアが読んでいて楽しい部分ではあります。しかし「子供を授かり、産んで、育てる」という重役を与えられた作者が、はじまりから現在までその日常を事細かに記していくことで、母親としてのタフネスや、喜びや自信のようなものをシッカリと獲得していく過程を、我々読者が追体験することができるのがこの作品のイイところなのですね。本作が無意識のうちに描き出しているのが、立場が人を作っていくことへのドキュメント。繰り返しになるうえに、非常に失礼な物言いなのですが(本当に、他意はありませんので!)、あの『変わってるから困ってる』を描いた人でも立派にやれるんだ! というのは、けっこうな希望ですよ! それはたとえば、僕みたいな落伍者でも、諦めちゃダメだってことです(自虐ですみません)。なので、子育てとか全然関係なくて興味もないような若い人にこそ、ぜひともオススメしたい作品。もちろん、実際に子育てをされているお母さんたちにも。

(方便凌)

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赤子よ日記

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赤子よ日記 / 藤枝奈己絵
販売価格(税込): 972 円
B6判並製
発行日: 2014/03/31