トロイ

島田虎之介『トロイメライ』

舞台は2002年、ワールドカップの開催に沸き立つ日本。『ラスト・ワルツ』の「エルドラド」のオートバイのときと同様に、まずはこの物語の鍵となるアイテムの歴史が語られる。20世紀初頭、植民地向けに製造されたピアノ「ヴァルファールト(巡礼の意)」。カメルーンの呪術師がある一台のピアノにかけた呪い。時代の流れとともに、ピアノは東南アジアの王族のもとへ。そして現代、日本の調律師のもとへ――。

シークエンスとシークエンスがピボットするようにスムースに繋がる筆運びはどの作品にも共通している。シーンとシーンの繋がり方に注目して読んでみる、というのも楽しいかもしれない。時にはユーモラスで、時にはシリアスなムードを効果的に演出するアイデアが、至る所に詰め込まれている。一方で、時間軸を前後にシャッフルさせ複雑な構造を持っていた前作『東京命日』に対して、流れはより直線的で、作者の他のタイトルに比べれば、おそらく「読み易い」(一度の通読でストーリーの筋を把握し易い、という意味において)。

本作には、マジカルで土着的な感覚もあるように思う。現に“魔術(マジック)”というワードは本編中に繰り返し登場しているし、ワールドカップにしろカメルーンの呪術師にしろ、どこか司祭めいている。箱庭を上から覗き眺めているような精巧なドラマ性がありながら、プリミティヴでむせ返るような色彩のイメージを想起させる点において、本作はラテンアメリカ文学のようではないか? 「ホラ吹き」とも形容される作者のストーリーテリングにはマジカルなリアリズムがある。こうした物語では、必ずどこかで奇跡が起こる。この作品の最も大きい見せ場もそうだ。並べ立てたもっともらしいウソのなかに、いかにもウソらしいウソ(奇跡のような超常現象)を織り込むことは難しい。しかし作者はそんな大胆な離れ業を毎度毎度やってのけてしまうし、特にこの『トロイメライ』のウソは他のどのマンガよりもまぶしい光をたたえている。

(方便凌)

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トロイメライ / 島田虎之介
販売価格(税込): 1,365 円
A5判並製
発行日: 2007/07/25