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大☆仏『初期の忘れがち』

わたくし甘茶茂はこの「初期の忘れがち」収録の短編『良い子・悪い子・普通の子』を3回続けて読み返してしまいました。話を理解するためにです。それくらい難解だったと言ってしまえばそれまでなんですが、よく考えてみてください。「三度見」したくなるような(耐えうるような)同人作品なんてめったにありませんよね。そう、この体験こそ、大☆仏氏の不思議な魅力を裏付ける象徴的なものだと考えています。

カフェで隣の席から、電車で周囲から、聞こえ漏れてくる会話に(かすかな罪悪感を抱きつつも)ふと耳を奪われてしまったことはありませんか? その会話に登場する人物のことは全然わからないのだけど、なぜか魅力的で聞き入ってしまう、そんな日常で出会う印象的なできごと。

もしも魔法なり、ひみつ道具なりあったなら、その光景を巻き戻して経緯を把握したり、早送りしてことの顛末を確認したりできるわけですが、たいていそれはかないません。そのシーンだけが強烈に頭に刻まれたまま、わたしたちは自分の現実に立ち返ってしまうのです。

大☆仏氏のマンガは魔法やひみつ道具に代わる第三の方法と言えるかもしれません。なぜなら、大☆仏氏のマンガは、日常で垣間見る「何者でもない人たちによる何気ない、でも、どこか引き寄せられる瞬間」のみで構成されていると言っても過言ではないからです。さらに、マンガですから、わたしたちはページをめくることで、自由にその時間軸をコントロールすることができるのです。実際甘茶茂は3回続けてそんなトリップを楽しんだわけです。

大☆仏氏自ら「初期の忘れがち」(ちなみに「忘れがち」は大☆仏氏のサークル)と題しているように、正直技術は荒削りです。3回続けて読み返した理由の一つになかなか登場人物を見わけられなかったからというのが挙がるくらいです。ただ、技術というものは時間が経てば多かれ少なかれ身につくものですから、見るべきものはそのセンス。

誤解をおそれずに言えば、大☆仏氏の作風からは黒田硫黄の線を細くしたようなタッチとコマ運び(≠コマ割り)、よしもとよしとものようなあたたかいはずなのにクールな世界への歪んだ見方、山本直樹のような次のコマには世界がめちゃくちゃになってしまうかもしれないという危うさをはらんだ緊張感(実際はそうならなくとも)が漂います。そんな大物感を抱かずにはいられないのです。何しろまだ20歳前後。それなのにこの90年代後半の空気感を醸し出せるセンスは、明らかに2010年代特有の空っぽさを代替する未来への希望があります。

それにしても、誰もが抱く現在と比較した未熟さへの謙遜とは言え、20歳前後の作家が自ら「初期」と一区切りつけられているというのはとても不思議な感覚です。現在進行形、今を生きる作家がその人生を客観的にとらえているというのは、やはり天然で一般から遊離しているのでしょう。そのような遊離感覚があるからこそ、大☆仏氏は無意識に「日常の隣」で起きている美しい光景をどんどんかき集めることができているのかもしれません。次の新たなる展開が楽しみです。

(甘茶茂)

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「初期の忘れがち」 / 忘れがち
販売価格(税込): 525 円
A5判 148ページ
発行日: 2014/02/02